2012年12月31日月曜日

2013 Hall Of Fame Ballot

                                      Image found at http://www.flickr.com/photos/eschipul/485506309/


12月31日は殿堂入り投票の締切日である。毎年恒例のことだが、私のTwitterのタイムライン上ではJack Morris、Barry Bonds、Roger Clemensといった名前が飛び交い、誰が殿堂入りにふさわしいかそうでないかという白熱した議論が交わされている。

もちろん私はBBWAAのメンバーではないので投票権はないが、一ベースボールファンとして自分なら誰に投票するかを考えてみた。以下が2013年の殿堂入り投票対象者となっている37人のリストである。

Rk  ▴ YoB %vote HOFm HOFs Yrs WAR WAR7 JAWS Jpos Pos Summary
1 Sandy Alomar 1st 48 24 20 11.6 11.8 11.7 40.7 *2/D3
2 Jeff Bagwell 3rd 56.0% 150 59 15 76.7 46.7 61.7 51.5 *3/D9
3 Craig Biggio 1st 169 57 20 62.1 40.6 51.3 54.4 *4*287/D9
4 Barry Bonds 1st 340 76 22 158.1 71.1 114.6 50.7 *78D/9
5 Jeff Cirillo 1st 37 23 14 32.0 28.7 30.3 53.4 *534D/671
6 Royce Clayton 1st 24 23 17 16.4 15.5 15.9 52.1 *6/5D
7 Roger Clemens 1st 332 73 24 133.9 64.0 99.0 57.8 *1
8 Jeff Conine 1st 22 23 17 16.2 15.2 15.7 50.7 *3*79D5
9 Steve Finley 1st 72 36 19 40.4 30.4 35.4 54.8 *897/D1
10 Julio Franco 1st 58 42 23 39.7 29.1 34.4 54.4 *6*4*3*D/579
11 Shawn Green 1st 62 33 15 31.4 29.5 30.4 55.4 *9387D
12 Roberto Hernandez 1st 93 7 17 17.2 16.7 16.9 32.3 *1
13 Ryan Klesko 1st 24 26 16 24.6 20.4 22.5 51.5 *7*39/D
14 Kenny Lofton 1st 91 42 17 64.9 42.0 53.5 54.8 *87/D9
15 Edgar Martinez 4th 36.5% 132 50 18 64.4 41.8 53.1 53.4 *D*5/3
16 Don Mattingly 13th 17.8% 134 34 14 39.8 34.4 37.1 51.5 *3D97/548
17 Fred McGriff 4th 23.9% 100 48 19 48.2 33.2 40.7 51.5 *3D
18 Mark McGwire 7th 19.5% 170 42 16 58.7 40.1 49.4 51.5 *3D/59
19 Jose Mesa 1st 113 1 19 9.6 12.1 10.8 32.3 *1
20 Jack Morris 14th 66.7% 122 39 18 39.3 30.8 35.1 57.8 *1/D
21 Dale Murphy 15th 14.5% 116 34 18 42.6 39.0 40.8 54.8 *8*9372
22 Rafael Palmeiro 3rd 12.6% 178 57 20 66.1 36.6 51.3 51.5 *3*D7/98
23 Mike Piazza 1st 207 62 16 56.1 40.7 48.4 40.7 *2D3
24 Tim Raines 6th 48.7% 90 47 23 66.2 41.1 53.7 50.7 *78D4/9
25 Reggie Sanders 1st 18 27 17 36.7 25.2 30.9 55.4 *9*78/D
26 Curt Schilling 1st 171 46 20 76.1 46.7 61.4 57.8 *1
27 Aaron Sele 1st 21 15 15 17.5 17.6 17.5 57.8 *1
28 Lee Smith 11th 50.6% 135 13 18 27.6 19.7 23.7 32.3 *1
29 Sammy Sosa 1st 202 52 18 54.8 42.2 48.5 55.4 *98D/7
30 Mike Stanton 1st 66 7 19 13.3 14.3 13.8 32.3 *1
31 Alan Trammell 12th 36.8% 118 40 20 67.1 43.3 55.2 52.1 *6D5/478
32 Larry Walker 3rd 22.9% 148 58 17 69.7 43.1 56.4 55.4 *9387/D45
33 Todd Walker 1st 10 22 12 8.3 8.9 8.6 54.4 *453D/76
34 David Wells 1st 88 40 21 49.2 29.0 39.1 57.8 *1
35 Rondell White 1st 6 17 15 25.5 19.9 22.7 54.8 *7*8D
36 Bernie Williams 2nd 9.6% 134 48 16 45.9 35.7 40.8 54.8 *8D9/7
37 Woody Williams 1st 17 14 15 28.1 20.2 24.2 57.8 *1
Provided by Baseball-Reference.com: View Original Table
Generated 12/29/2012.

まず率直な意見を述べさせてもうと、今年のリストはローデッドな、あまりにも多くの実力者であふれているリストである。この37人の中で私が投票用紙にチェックを付けたいのは13人いる。しかし、実際に付けられるのは一人10人までだ。この3人を切る作業が必要である。まずは2人、

Rafael Palmeiro
Mike Piazza

このうちPalmeiroは私に言わせれば殿堂入り基準のボーダーライン上、わずかに北にいる選手である。現役最終年に薬物使用検査で陽性反応を示しているが、それでも他の年なら躊躇なく投票していただろう。しかし私のYESリストの13人の中では一番弱く、残念ながら落選となった。Piazzaは史上最高の攻撃力を誇るキャッチャーの一人だし、殿堂入りして然るべき選手だ。しかし、Palmeiro同様今年の候補者の中では見劣りしてしまう。

そしてこれはかなり悩んだのだが、3人目の落選者はMark McGwireとなった。誤解しないでほしい、私はMcGwireに殿堂入りして欲しいと強く望んでいる。ただ今回残った11人の中では最も弱く、泣く泣く外さざるを得なかった。本来なら彼はとっくに殿堂入りを果たしているべきで、今年の候補者になっていてはいけない存在なのである。

と、紆余曲折を得て残った以下の10人が私の2013年Hall Of Fame ballotである。

・Jeff Bagwell

90年代から2000年代初期における最強打者の一人だ。通産OPS+ 149は歴代36位だし、セイバーメトリシャンのJay Jaffeが開発したJAWSという殿堂入りの基準を測るスコアではファーストとして歴代6位の61.7を叩き出している。私はBagwellは1st ballot HOFer(最初の投票で殿堂入りすべき選手)だと思うが、なぜ過去2年得票率が伸び悩んでいるのか理解できない。PED?彼はテストで陽性反応を示してはいないし、Mitchell Reportにも名前は載っていない。彼はシロだ。今年こそ彼のプラークがクーパースタウンに飾られることを心から願う。

・Craig Biggio

Bagwellと同様にアストロズ一筋で現役を全うした選手。最初の数年間主にキャッチャーを務めた後、1992年以降はBagwellと1,2塁間を形成した(途中、Jeff Kentが加入した際に外野にまわった時期もあったが)。今年確実に殿堂入りするであろう選手を一人挙げるとすれば、それはBiggio以外にいない。通算3000安打をクリアしているのでトラディショナルな記者からの票を得られるだろうし、JAWS 51..3は歴代の全二塁手中14位とセイバー的な実績も文句なしだ。ちなみに、息子のCavanは2013年のドラフト候補になっている。

・Barry Bonds

彼は史上最高のレフトフィルダーだ。これ以上のコメントは必要ないだろう。

・Curt Schilling

通産216勝という数字は殿堂入り候補としては弱いかもしれない。だが、近年投手の勝利という数字の持つ意味はかなり薄れてきている。それよりもピッチングの内容自体に目を向けてみると、4.38 K/BBは通算1000イニング以上投げている1901年以降の全投手中歴代1位だ。さらにこれらはどちらも19世紀も含めての記録だが、127 ERA+は歴代39位、74 FIP-(紛らわしいが、こちらは数字が低いほうが優秀)は歴代8位と投球のクオリティーはトップクラスだ。JAWSスコアでも歴代29位の61.4という数字が出ている。殿堂入りしている先発投手の平均値は57.8だ。2004年のプレーオフでの「血染めのソックス」が本物だろうと偽物だろうと、彼はクーパースタウンへの切符を手にするには十分な実績を残している。

・Roger Clemens

Bondsの項の「レフトフィルダー」を「右投手」に変えて読んで頂きたい。

・Kenny Lofton

もしかしたら彼はこのリストの他の9人に比べたら弱いかもしれない。場合によってはMcGwireよりLoftonを外すべきだったという人もいるかもしれない。確かに.299/.372/.423という通算ラインや107 OPS+は殿堂入り候補としてはそこまで目をひく数字ではない。しかし、彼には俊足とそれを活かした広い守備範囲があった。この2つの分野のアドバンストなスタッツ解析はまだまだ発展途上中だが、FanGraphsによればLoftonの通算114.5 Fielding Runsはセンターとして歴代15位、ベースランニングにおいても同じく歴代15位(こちらは全ポジション中)の65.6 Runsを稼ぎ出してる。その結果、Loftonの通算fWARは歴代のCF中14位の66.2となっている。また、JAWSでは歴代のCF中8位の53.5を残しており、これは殿堂入りCFの平均値54.8をわずかに下回るだけだ。さらに、彼より上にいる7人中6人は殿堂入りしており、残る一人はKen Griffey Jr.だ。Loftonのプラークが殿堂に飾られても何らおかしくはないだろう。

・Edgar Martinez

シアトルのベースボールを救ったヒーローの一人だ。MLBファンなら1995年のALDS第5戦での"The Double"を知らぬ者はいないだろう。かなり遅咲きの選手で、初めて規定打席に到達したのは27歳だった1990年だが、その年から引退前年の2003年までは、怪我に泣かされた1993年を除いて毎年少なくとも122以上のOPS+を記録している。Martinezはこの期間に69.1 fWARを記録していて、これは同期間の野手ではBonds、Bagwell、Ken Griffey Jr.に次いで4位となっている。通算OPS+ 147は歴代41位につけている。このように打撃面での実績は文句ないが、現役時代の後半はフルタイムのDHだったことを理由に彼への投票を回避している者も少なからず存在するようである。しかし忘れないでほしい。Martinezは1994年以前は三塁手で、3Bとしての通算イニングが4605.1もある。それに、彼はバットでの実績だけでも殿堂に値する選手だ。

・Tim Raines

史上最も過小評価されている選手の一人だ。通算ラインは.294/./.385/.425で通算OPSは.810に過ぎないが、OPS+では123とかなりソリッドな数字を残している。四球(1330)が三振(966)をはるかに上回っている点も素晴らしい。Total ZoneをベースにしたFielding Runsではレフトで通算-11.2、Baseball ReferenceのdWARでも-9.5とスタッツによる守備の評価はあまり芳しくないが歴代5位の通算盗塁数808で失敗が僅か146(成功率(84.7%)という点をはじめとして走塁は素晴らしく、FanGraphsは彼のキャリアで100.2のゲインを与えている。53.7 JAWSはレフトとして歴代8位で、このポジションの殿堂入り選手の平均値50.7を上回っている。彼より上にいる7人中殿堂入りしていないのはBondsとPete Roseだけだ。

・Allan Trammell

2013年の候補者の中には1970年代終盤から1980年代のタイガースを中心選手として支えたプレイヤーが2人いる。Jack MorrisとAllan Trammellのことだ。残念ながら前者の実績はクーパースタウンには遠く及ばないが、遊撃手としてタイガース一筋に現役時代を過ごしたTrammellは栄誉に値する。通算3000PA以上の遊撃手中28位のOPS+ 110はちょっと弱いかもしれない。だが、Total ZoneをベースにしたFielding RunsではTrammellは通算で+76を残している。彼のJAWSは55.2で歴代の遊撃手中11位(Alex Rodriguezを除けば10位になる)で、この数字は2012年終了時点ではDerek Jeterと全く同じ値だ。Jeterはこのままいけば引退後5年目、資格取得最初の年での殿堂入りが確実視されている。Trammellは今年で取得後12年目だが、もっと早く殿堂に迎え入れられているべき選手である。

・Larry Walker

Walkerも史上最も過小評価されている選手の一人だ。その理由としては主に、長い間クアーズ・フィールドを本拠地としてプレーしていたことがあげられるだろう。確かにロッキーズでの10年間、4795打席で残した.334/.426/.618というスラッシュラインはかなり異常な数字だ。まだ試合球を加湿器に入れて保管し始める前で、マイルハイの影響を最大限に受けていた時代だった。しかし、彼の通算成績は本当に薄い空気の恩恵だけによるものなのだろうか。Baseball Referenceにはある選手の成績を違う時代、球場、得点環境に置き換えて計算できる機能がある。それを使ってWalkerのキャリア全てを平均的な得点環境にトランスレートすると、.294/.378/.530というキャリアラインがはじき出された。これは彼の実際の通算成績 .313/.400/.565に比べれば確かに見劣りするが、それでも殿堂入り候補としては悪くない数字だろう。特に、プロ入りするまでは主にホッケーをプレーしていて、野球経験がほとんどなかった選手としては十分すぎる数字だ。過小評価のもう一つの理由として、キャリアの初期にオリンピック・スタジアムの劣悪なターフの上でプレーしていた影響か、キャリアを通じて怪我が多く、17年間で153試合以上に出場したのは1997年の1シーズンしかないこともあるかもしれない。そのせいで通算打席数は8030とやや足りないが、それは私にとっては些細な問題だ。守備の評価はシステムによって分かれるが、通算fWARは73.2、bWARでは69.7と素晴らしい数字が出ている。JAWSは歴代のライトフィルダー中9位の56.4(殿堂入りRFの平均は55.4)で、彼より上にいる8人は全員殿堂入りしているし、彼のすぐ下にいる2人もそうだ。Fergie Jenkinsに次ぐ2人目のカナダ出身のHall Of Famerとして、Larry Walkerの名前が呼ばれる資格は十分にある。

2012年12月28日金曜日

Sayonara,Hideki

                                Image found at  http://www.flickr.com/photos/keithallison/2429583188/

なんとなく、こうなるだろうという予感はあった。それでも実際の報道を目にすると少しさびしい気持ちがこみ上げてくる。

他の多くの2000年代前半に小学生時代を過ごした日本の野球少年たちと同じように、松井秀喜は私にとって最初のヒーローだった。あの頃、彼に憧れない男の子がどこにいただろうか。私は11歳の誕生日に親に必死に背番号55のヤンキースのTシャツをせがんだことを昨日のことのように覚えている。私はそのシャツを毎日のようにボロボロになるまで着続けた。それは今でも実家のタンスの奥に眠っているはずだ。そして、私の部屋の壁は彼のポスターで埋め尽くされていた。

活発な小学生の男子なら、だれでも近所の公園で放課後に草野球にこうじるのが楽しみで仕方なかったはずだ。私だって例外ではなかった。元々右利きだった私が打席の左側に立ち始めたのも松井の影響だ。私は毎日、ヤンキー・スタジアムでプレーしているつもりになって、仲間たちと日が暮れるまで泥まみれになりながら汗を流した。

私が初めて生観戦した野球の試合は、東京ドームで行われた2002年の日米野球最終戦だ。プレイボールから少し遅れて到着した私の目に飛び込んできたのは、打席で構える背番号55の姿だった。その試合、松井はとくに目立ったところはなかったが、読売をユニフォームでの最後の打席でJ.C Romeroが4つ目のボールをストライクゾーンの外に投じた際、球場全体から沸き起こったブーイングは今でも鮮明に覚えている。

私がMLBを追いかけ始めるようになったのは2002年の夏場からだが、当然その年のオフに松井がヤンキースに移籍したことは私にとってライフチェンジャーだったと言っても過言ではない。Twitterが登場するのはこの半ディケイドあとのことだが、それでも当時のマスコミやファンの注目度や騒ぎっぷりは、正力松太郎も墓から起きてくるのではないかと思うほどのものだった。彼が読売に在籍していたころはMLBもNPBも同じくらいのバランスでカバーしていた私だが、彼のヤンキース移籍と共に次第に太平洋を挟んだ反対側のベースボールに傾倒していくようになっていった。

2003年の春の記憶で、私が鮮明に覚えているものがいくつかある。オープン戦の初戦、当時小学5年生だった私は朝の5時に起きて見ていたがその努力は報われた。彼は3打席目にライトフェンスを越える一打を放ったのだ。3月31日、松井はトロントでの開幕戦で当時ブルージェイズの若手投手だったRoy Halladayと対戦し、第一打席で初球をレフト前へはじき返した。私はTVに向かって叫び、飛び跳ねた。余談だが、その試合でDerek Jeterが左肩を脱臼したシーンもはっきりと覚えている。そしてヤンキー・スタジアムでの初試合。この時も私は朝の5時に起きていた。そしてあの5回、1アウト満塁の場面がやってきた。打った瞬間わかる当たりだった。朝の6時半くらいだったが、その時の私の騒ぎっぷりと言ったら飛ぶ叫ぶどころの話ではなかった。その日1日、私はいつにもまして高いテンションで過ごした。

その後も私はヤンキースのスコアと松井の打撃成績をチェックするという日課を怠らなかった。なかなか"HR"の欄の数字が増えないのにはやきもきしたが、それでもJeter、Jason Giambi、Jorge Posada、Robin Ventura、Bernie Williamsといった選手たちと一緒にプレーしている松井の姿を見るのは最高の楽しみだったし、幼いMLBファンの記憶には彼らや対戦相手の選手たちの名前が刻まれていった。

2004年、東京ドームで行われた開幕シリーズ2戦目についても言及しなければならないだろう。あの日、私は1塁側の2階席から見ていたのだが、5回表に松井がGeremi Gonzalezから放った一撃はあの場にいたデビルレイズのプレイヤーとファンを除く全員を幸せな気分にした。

小学校最後の2年間、朝教室に最後に入るのは必ず私だった。なぜならいつも午前8時に始まるヤンキースの試合をギリギリまで見てから家を出ていたからだ。そんな風に、私のMLBファンとしてのキャリアは松井秀喜とヤンキースを観ながら築かれていった。2004年の夏にそのヤンキースにA-Rodを放出したレンジャーズが快進撃を見せ、Mark Teixeira、Michael Young、Leynce Nix、Ryan Drese、そしてHank Blalockらが私の心を惹きつけるまでは。

それでも松井を応援することはやめなかった。2004年のALCS、彼が36打席で.412/.444/.824と打ちまくったシリーズでヤンキースが歴史的敗北を喫した時は素直に悔しかったし、2006年の手首骨折は本気で心配した。2009年のワールドシリーズ、特に第6戦での活躍には心の底から驚いた。

ヤンキースから離れた後も2010年は素晴らしいバッティングスタッツを残したのだが、ここ2年間の落ち込みぶりは残念でならない。特に2012年は103打席で23 OPS+と悲惨極まりない数字を残してしまったのだが、MLB復帰2打席目でのHRは彼のキャリア最後の輝きと言っていいだろう。しかしその後の不甲斐ない、全くタイミングのあっていない打席の数々からは彼の限界を感じた。私はそんな彼の姿を見て「2013年に彼がプレーすることはないな」と思ったものだが、幸か不幸かその予感は現実のものとなった。

松井が日本の野球界に与えた影響は小さなものではないはずだ。私はあの有名な5打席連続敬遠をリアルタイムで経験してはいないのだが、それでも彼の読売での最後の数年間とMLBでのキャリアは私の記憶の一部を締めている。彼はあの時代の子供たちにとってのBabe Ruthであり、Joe Dimaggioであり、Mickey Mantleなのだ。彼は私の最初のヒーローであり、これからもずっとヒーローだ。今は、松井秀喜という一人の野球選手の素晴らしいキャリアを祝福し、私をベースボールの世界に導いてくれたことに感謝したい。

2012年12月23日日曜日

2013ドラフトクラス:Reese McGuire

      

Pos:Catcher
H:6'1/W:190
Bats:Left/Throws:Right
Born:3/2/1995
School:Kentwood高校
2013 Class:Senior
MLBドラフト歴:なし
Twitter:@Reese_McGuire21
コミット:サンディエゴ大

もしかしたら高校野球ファンの中にはMcGuireの名前を憶えている人がいるかもしれない。多くを語る必要はないだろう、下のgifの彼がReese McGuireである。

                           
 
この試合での彼の行為には議論の声が上がったが、McGuireは2013年のMLBドラフトで注目されている選手の一人だ。

2013年のドラフトは高校生キャッチャーが割と豊富だが、その中でもMcGuireは評価が高い。攻守において高いプロファイルを持っていて、ヒッティングにおいてはスムースなスウィングとパワーを兼ね備えている。アグレッシブな打者だがアプローチは悪くない。ディフェンス面はオフェンス以上に評価が高く、プレートの後ろでの動き、キャッチング、肩のどれも優れている。特に肩はPerfect Game USAのショーケースで1.83のポップ、ワンバウンドした投球に対しても1.9秒と凄まじい強肩とクイックリリースの持ち主だ。スピードは60ヤード6.97秒と特筆すべきものではない。ESPNの高校生ランキングトップ60では19位にランクインしている。

例のIBAFの大会でのタックルについて日本では批判的な人もいるようだが、私はそこまで悪質なものだとは思わないし、許容範囲内だろう。

Dickey Sticks It

                                        GIF courtesy of @james_in_to

これは1枚のGIFである。だが、ただのGIFではない。

このGIFは2012年6月13日のメッツ-レイズ戦でR.A DickeyがWill Rhymesを見逃し三振に取った投球のものだ。

これを見て驚嘆しない人はベースボールファンではないだろう。とにかく「ワオ」の一言だ。

このGIFにおいて注目してほしいのは捕手のMike Nickeasの反応だ。普通、メジャーリーグのキャッチャーは捕球の際にこんなリアクションをしない。それだけこのDickeyのナックルが常識を逸しているということだろう。

アナリスト達は選手のツールや変化球の切れを評価する際に"sexy"という表現を使うことがある。その定義を使えば、このナックルは"sexiest"だ。この試合の動画が収録されたDVDはレンタルビデオ店のピンクのカーテンの向こう側に置かれるべきだ。


私はブルージェイズがDickeyを獲得するためにTravis d'ArnaudとNoah Syndergaardを放出したのは確かにやり過ぎだと思う。だが、このクレイジーな変化をするナックルのための代償としてはそこまで高いものではないかもしれない。

トロントよ、君たちはこのピッチを楽しむチャンスを得たのだ。

2012年12月21日金曜日

SDI Tokyo:Joey Galloインタビュー

Image found at milb.com


当ブログのリーダーにはおなじみのウェブサイトShutdown Inningのチーフ、Patrickがレンジャーズのトッププロスペクト、Joey Galloにインタビューを行った。18歳の希望の星は様々な興味深い発言をしている。



Joey Galloは2012年のアマチュアドラフトでテキサス・レンジャーズから全体39位(レンジャーズの2番目のピック、C.J Wilson流出による補償)で指名された。Galloはその直後にアリゾナ・リーグでレンジャーズの選手としてプロキャリアをスタートさせ、リーグの歴代新記録となる18本のHRを放った。Galloはアリゾナで43試合に出場して.293/.435/.733とスラッシュラインを残し、その後昇格したショートシーズンAのスポケーンでも16試合で4本のHRを記録した。

Patrick Despain:ドラフト時にサードではなく、ピッチャーとして指名される可能性はどのくらいありましたか?

Joey Gallo:正直に言って、ほとんどなかったよ。子供のころからずっとバッターになりたいと思ってた。高校ではチームの勝利に貢献するための一環としてピッチャーもやってたけど、バッティングと同じくらいの情熱をピッチングに感じたことはなかったね。

PD:ドラフトで指名されたときに、今季から導入された新CBAの影響を感じましたか?指名後すぐにサインしてプレーし始めたのはその効果もあった?

JG:そうだね、新しいドラフトルールが導入されて1年目だったし、その影響は誰もが感じたと思うよ。でも、それは僕があんなに早くサインしたこととは関係ない。僕は出来るだけ早くプロキャリアをスタートさせたかった。だからレンジャーズからドラフトされた直後にはもうサインする準備は出来てたよ。

PD:あなたにとって、高校からプロ入りする過程において最も大きなチャレンジは何でしたか?

JG:毎日プレーするというのは間違いなく大きなチャレンジだった。プロレベルで毎日、肉体的にも精神的にもプレーする準備をするというのはタフなことだよ。

PD:レンジャーズという組織の一員でいることはあなたにとってどのくらい幸せですか?

JG:これ以上ないくらい幸せだよ。間違いなく球界で最高の組織だし、ファンベースも驚異的だよ。

PD:アリゾナ・リーグでの経験について話してもらえますか?

JG:素晴らしい経験だったよ。この先数年間同じチームでプレーしていく仲間たちと知り合えたし、あの場所でプロ1年目のシーズンをプレーできて嬉しい。この先の選手生活の中で必要なことをたくさん学んだ。

PD:ディフェンスやヒッティングにおいてアジャストする必要はありましたか?

JG:フィールディングにはそんなに多くのアジャストメントは必要なかった。打球に対する一歩目を速くして、あとはスローイングの際の正しいフットワークを身に着けることかな。ヒッティングにおいてはもっとコンスタントになって三振を減らそうとしているよ。

PD:レンジャーズのプロスペクトとしてのこれまでの最高の経験は?Nolan、若しくは他の選手たちにあったことですか?

JG:これは本当に心の底から言えることなんだけど、テキサス・レンジャーズファンからのサポートだよ。球界最高のファンたちだ。

PD:アリゾナ・リーグで一緒にプレーした、または対戦した選手の中で最高の才能を持った選手は誰ですか?

JG:最高の才能の持ち主は間違いなくLewis Brinsonだね。彼は僕と同じチームでシーズンを通じてセンターを守ったけど、リーグのほとんどのバッティングカテゴリーで1位になっている。彼と一緒にマイナーの階段を上ってメジャーでのプレーをスタートできるなんて素晴らしいよ。彼はきっとスペシャルな選手になるはずさ!

By Patrick Despain/Shutdown Inning 元記事はこちら

2012年12月19日水曜日

2013ドラフトクラス:Austin Meadows

           


Pos:OF/1B
H:6'3/W:205
Bats:Left/Throws:Left
Born:5/3/1995
School:Grayson高校
201 Class:Senior
MLBドラフト歴:なし
Twitter:@awmeads16

2013年の高校生外野手ではClint Frazierに次ぐNo.2。ESPNの高校生トップ60では全体2位にランクされている。Frazier と違い左投げ左打ちだが、同じように5ツールを備えたスペシャルなタレントの持ち主で、ハイプロファイルなアスリート。

スウィングは若干アッパーカット気味だがスムースで完成度が高く、素晴らしいバットスピードがある。ボールをバットの芯でとらえる能力は卓越している。"Baseball America"はそのスウィングをColby Rasmusと比較している(というと不安になる方もいるだろうが、Rasmusのプロスペクト時の評価を思い出してほしい)。パワーポテンシャルも文句なしだ。また、60ヤード走で6.31秒を記録したスピードもあり、強肩と合わせて外野のどのポジションでもフィットするだろう。

もちろんMLBで活躍できるようになるまでまだまだ先は長いが、シーリングはオールスターレベル。2013年のドラフトではトップ10に入る素材だ。

2012年12月12日水曜日

SDI Tokyo:さらば、Michael Young

                                                           image found at philly.com

私はずっと自分自身に「心の準備はできている」と言い聞かせてきた。選手、チーム、状況、契約、そしてトレード拒否権の存在を考慮すると、これが実現するとは思いもよらなかった。レンジャーズとフィリーズの間でトレードの交渉が進行しているという情報がリークされてもまだ、私は単なるウィンターミーティングでの噂の一つに過ぎないと考えていた。しかしトレードは合意に達し、あとはMichael Youngが10 & 5ライツ(注:MLBで10年以上プレーし、かつ最近5年間同じチームに在籍している選手に与えられるトレード拒否権)を破棄するだけになった。

最初にトレードを要求してから3年、痛ましいまでに悲惨なシーズン、そしてトレードの噂が浮上してから48時間を経てMichael Youngが正式にテキサス・レンジャーズの一員ではなくなったあとでも、私にはまだ準備ができていなかった。彼は私がベースボールをカバーし始めて以来追っているチームの大きなパートだった。私にとっても、そして他の誰にとってもMichael Youngがテキサス・レンジャーズの一員ではないというのは未知の経験だ。

Youngが何故フィラデルフィアへトレードされたのかではなく、このトレードがテキサスにとってどんな意味を持つのかを考えてみよう。奇妙なことだが、12年間応援してきたYoungに対する私の信頼はほとんどなくなってしまった。私は彼が2013年にいい数字を残すことを望んでいるし、実際にそうなると思うのだが、ジャージの胸に"Texas"ではなく"Phillies"と刺繍された背番号10番を応援することはできない。

トランザクションを見る限りではこのトレードは双方にとっていい結果をもたらすだろう。レンジャーズは2012年にマイナスのプロダクションを残し、また2013年もそうなる恐れのあったファースト/DHを放出することでを600万ドルを削減できた。さらに獲得した2人のリリーバーのうち1人は現在手薄になっているブルペンの穴を埋められそうだし、さらにマイナーに溢れている剛腕投手陣に新しい顔がもう1人加わった。フィリーズはレギュラー三塁手をわずか600万ドルで手に入れることができたし、Youngは2012の不振から復活する可能性もある。2012年、フィリーズの三塁手として最も多くプレーしたのは36歳のPlacido Polancoだ。Youngが2013年にどんな成績を残そうと、これはフィリーズにとって確かなアップグレードだ。

Youngの放出によってレンジャーズのラインナップには埋めるべき穴ができた。Youngは2012年に651打席も出場機会が与えられたが(本当はこんなに与えられるべきではなかった)、その651打席は他の誰かがプレーすることになる。その筆頭候補は、彼がオフシーズン中にトレードされなければという条件付きだが、Mike Oltだ。そして、レンジャーズがElvis AndrusとJurickson Profarの両方をロースターにキープできる可能性も現実的なものとなってきた。その場合Ian Kinslerは二塁、一塁、DHを転々としながら出場することになるだろう。

Youngの持つ雰囲気はクラブハウスのに大きな影響を与えていた。Youngの代名詞でもあるリーダーシップがチームにとって助けになったのか、それとも崩壊を招いたのかは議論の余地があるが、我々部外者には知る由もない。選手たちは彼のチームリーダーとしての価値を称えるのみだ。そのうち新しいチームリーダーが現れるだろう。私はElvis Andrusが2014年以降も契約を延長することを望んでいるが、それは今回のトレードを受けてより一層強まった。なぜなら私はカリスマ、人を引き付ける力、スワッガー(堂々とした態度)を兼ね備えているAndrusが現在空席となっている"リーダー"の役割に収まってほしいと思っているからだ。Ian Kinsler、Adrian Beltre、Joe Nathanもこの変遷の中で重要に役割を果たすだろう。レンジャーズのクラブハウスの空気に関しては問題ないだろうし、史上最高になる可能性もある。だが、どのような方向に行くかを見守るのは非常に興味深いものになるはずだ。

このトレードは2013年のレンジャーズにとって最高の出来事かもしれないが、同時にテキサスのMichael Young時代にとっては悲しい終焉でもある。

レンジャーズがYoungとともに1度もワールドチャンピオンの栄光をつかめなかったのは、特に2011年にあと一歩のところまで近づいたけに、非常に悲しいことである。私はYoungが他のプレイヤーよりもリングを手にする資格があるとは思わないが、我々ファンと共にフランチャイズの最悪の時期を過ごしてきた彼にとって頂点を極めることは最高の栄誉になったはずだ。彼のキャリアは常にファンと共にあった。しかし今、我々は別の道を歩むことになった。レンジャーズがワールドチャンピオンになるとき、私はMichael Youngのことを考えずにいられるかは定かではない。もしかしたら考えるかもしれないが、本当にどうなるかわからない。これは奇妙な感情だし、哀れみでもある。

彼のテキサスでの時間がこんな終わりかたをしてしまったのは非常に悲しいことである。Michael Youngが2007年の3月に契約延長したとき、Michael Youngはそのキャリアをテキサス・レンジャーとして全うすることを確約されたはずだった。この契約が続く間Youngはプロダクティブであり続け、彼の存在はテキサスにおいて不滅のものとなるはずだった。しかし、彼のプロダクティブな期間は契約が途切れる前に終わり、"ミスター・レンジャー"はチームを去った。このトレードは、2012年にシアトルがイチローに対して行ったように、衰えたベテランプレイヤーにリングを獲るチャンスを与えるものではない。このトレードは、衰えたベテランプレイヤーがあまりに長くチームに在籍しすぎたために起こったのである。

この、起こるべきではないトレードが起こってしまったのは非常に悲しいことである。我々はこのウェブサイト上でYoungが、2013年も出場機会を限定すればまだプロダクティブなプレイヤーでいられると書いてきた。しかしレンジャーズのフロントオフィスは、Youngの2013年の出場機会が限定されたものになるとは信じていなかったのは明らかだ。もし彼がRon Washingtonのロースターにいるなら、彼は毎日Ron Washingtonのラインナップに名を連ねることになる。それは、Ron Washingtonという監督がそういう人物だからでもあり、またYoungのフランチャイズの顔としての不動のポジションのせいでもある。この二つの理由により、Youngをベンチに置く、もしくは出場機会を減らすというオプションは考えられなかったのである。

Youngがトレードされた原因はこの監督とフロントオフィスの擦れ違いだろう。このトレードはその溝を完璧に埋めるのだろうか?それとも一時的な気休め?現段階ではRon Washingtonの首が危うい、ということは全くなが、もしかしたらこのトレードはダグアウトとフロントオフィス間の不和の兆候かも知れない。フロントがRon Washingtonのようなタイプの監督と上手くやっていくために、定期的にこのようなトレードを実行しなければならないとしたら、彼らが新しいタイプの監督を必要とするまでどれだけ誰だけ耐えられるだろうか?

WashingtonとYoungの間には2012年中ずっとユニークな縁があった。Washingtonは「私はMichael Youngを信じている。もし船が沈んだとしても、私は降りない」と語った。だが実際に船は沈み、Youngはチームから放出された。彼らの運命は無慈悲な形で引き裂かれた。このトレードは、2013年のレンジャーズは2012年と同じ過ちを繰り返さない、というチームの宣言なのである。来シーズンは新しい環境の中での適応と成功の年になる。なぜなら、他のオプションは残されていないからである。

私にとってMichael Youngがレンジャーズで残した功績の中で、どれか1つ特定の瞬間をあげるのは難しい。2010年のタンパベイとのALDSで放ったHR、チームの通産安打記録を塗り替えたシングル、ガッツポーズ、そしてサヨナラ勝ちの際の祝福。だが、私が最もよく覚えているYoungの姿は、その献身的な姿勢である。彼は若いチームに安定感とプロフェッショナルな姿勢を持ち込んだ。

彼はレンジャーズ史上最高の選手ではない。シーズン単位で見ても彼がチーム最高の成績を残した年はない。しかし彼は私にとっても、他の多くのファンにとっても特別な存在だった。彼のこのチームでの時間は終わるべくして終わりを迎えた。だがやはりMichael Youngがテキサス・レンジャーズの一員ではなくなるのは寂しいものである。

By Peter Ellwood/Shutdown Inning 元記事はこちら